「めんどくさい割には意味なさそうなので」という人は社会福祉士に向かない
代償を差し出す覚悟が必要
社会福祉士になるためなら、犠牲を惜しまず、努力したり、真剣に勉強に取り組もう
という人は少なくて、
「めんどくさそうだな」
で終わっている場合が多いです。
逆に言えば、代償を払うことさえできれば、国家試験合格までは達成できます。
代償とは何か?ということなんですが、単純に言えば、
「つまらないことに時間を浪費しない」
ということです。
- 遊ぶ
- 飲みに行く
- テレビをみる
- 友達付き合い
- 仕事
これらの時間は、限界まで削って勉強に集中する環境を確保する
この代償を差し出す覚悟が必要となります。
自己投資
社会福祉士になりたいという願望が強い人にとって、代償という言葉は当てはまらないかもしれません。
それは、自己投資といってよいでしょう。
ただし、資格取得までの間は、勉強に偏った生活に身を置くことになるので、排除した選択肢からの恩恵を得られないという意味では、やはり犠牲にしているものは存在します。
例えば、
仕事や人付き合いの中に人生を変えるような出会いがあったとしても、勉強に偏った生活をしていたら、その出会いを活かせないことになります。
でも、実体験からいえることですが、生活のためにこなしているだけの仕事だとしたら、そこから一生の出会いが生まれることは、あまりありません。
社会福祉士を目指す以上、結局は他の選択肢を捨てざるをえない訳で、あれもこれも手離せないと、何も得られなくなります。
すべての選択肢を手離さないで、すべての願望を実現することは、思い荷物を両手に抱えて、リュックサックまで背負って目的地に走っていくようなものです。
気持ち的にめんどくさいことができるかがカギ
社会福祉士になれるか否かは、結局、選択と集中です。
例えば、飲みに誘われたとき、
「勉強するから行けない」
と言うのは、
「人付き合いの悪いやつだ」
と否定される行為に感じられて抵抗を感じます。
偉そうにいう私こそ、昔は、人に良く思われたい症候群でした。
人からお願いされると、嫌われたくないものですから
いいよ、いいょ
といっていました。
イエスマンです。
でも、その結果もたらされたのは、失望と落胆でした。
他人のために、めんどくさいことばかりしていることが、いいことだと思っていたのです。
でも、他人にエネルギーを吸い取られているうちに間違いに気づきました。
自分がやりたいと思っていることにyesと言った方が、はるかにエネルギーが沸いてくるのだということが分かったのです。
この時から、自分のために勉強がしたいという思いを抑えられなくなり、自分に正直になることで、めんどくさいことは消えてなくなりました。
つまり、自分がしたいと思っていることは、何一つめんどくさいことはないということが分かったのです。
こうなると、もう切り捨てることが楽しくてしょうがありません。
勉強の重要性を理解した人は、不要な選択肢をどんどん切り捨てていけます。
ほどなくして、私は
すべての飲み会を断り(ついでに酒もやめた)、
無意味な冠婚葬祭は欠席し、
友達との連絡を絶ちました。
以来、
心の中に大きな「イエス」があれば、「ノー」というのは簡単である。
(キングベアー出版『7つの習慣 最優先事項』スティーブン・Rコビィー、A・ロジャー・メリル、レベッカ・R・メリル 2000年 171p)
この言葉を、いつも心にとめています。
打算でやる気は沸いてこない
見返りを求める気持ちが強いと、社会福祉士になることは難しいです。
資格はとれても、努力が報われないと感じて、資格を埋もれさせてしまうかもしれません。
- 社会福祉士の資格をとってペイ(採算がとれる)しますか?
- 一日何時間勉強すれば合格できますか?
- 資格をとれば、安定した職に就けますか?
- 資格手当はいくらもらえますか?
この質問には、打算が含まれています。
自分にとってのメリットを考えている点は良いのですが、自らが差し出す「代償」のことを考える視点が抜けています。
打算で資格の費用対効果を計算すればするほど、
「そんなめんどくさいことは無意味なのでしないほうがいい」
という答えになるので、やはり打算でやる気は沸くことはないということになります。
社会福祉士資格の意味(資格を取ったならばこう活かそう)
ちまたに流れる
社会福祉士無意味論
には、次のようなものがあります。
- 名称独占だから何もできない
- 社会福祉士会が何もしてくれないのが悪い
- 必置規定がないのが悪い
- ケアマネに仕事をとられている
- 資格を取ったのに就職できない
これらは、
「資格をとったんだから、これくらい当然でしょ」
という意見です。
勉強してきたことに対する期待値の現れです。
言い方が回りくどいので、わかりにくいだけです。
でも、資格をとったくらいで、都合よく利益や特権が得られることは、残念ですがありません。
これは他の資格も同様です。
資格をとったら、いったん資格というヨロイを脱いで福祉制度にこだわらない勉強を重ねていくことが大切です。
さもないと、
「制度が変わらない限り何もできない」
という発想しかできなくなってしまいます。
私は、発想の逆転が好きなので、
「資格だけでは何もできないんだったら、もう好きにしていいじゃないか」
と思ってしまいます。
ここだけの話、名称独占については価値があると思いますよ。
福祉の専門家を名乗れるわけですから、社会の多方面で使える資格です。
でも、制度頼みではなく、個人として社会福祉士を名乗って活躍していこうという発想が大切です。
それには、資格取得後もめんどうな勉強をしていく必要があります。
- 健康に生きることコミュニケーション
- 経済
- 社会の変化
- 生き方
- 働き方
- メンタルヘルス
など
さまざまなことが、福祉に関わってきます。
オール社会福祉です。
これからの社会福祉士は、名称独占を活かして差別化を図っていくことが必要です。
社会福祉士登録者数が20万人を超え、その希少価値は下がりつつありますからね。
「資格を取るまでめんどくさかったから、取得後は楽をさせてよ」
と言いたいところを、「グっ」とこらえて、福祉にこだわらない個人として活躍する道を目指すと、あなたの仕事はうまくいきます。
以上、否定的に述べましたが、社会福祉士には、将来的なメリットがあります。
普通の人が面倒だと思うようなことで、あなたが好きであることをたくさん行動することで成功が訪れます。
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