社会福祉士レポート実例(生涯発達心理学-設題2)

社会福祉士のレポート作成にお悩みの方へ

実際のレポート作成例をここに提示します。


障害発達心理学ではなく、生涯発達心理学という科目です。
科目概要を読むと、福祉寄りの心理学科目であることがわかります。
福祉専門職として必要な発達心理学の学習をするのが、この科目の趣旨となります。

ポイント(学習ガイドより)

近年問題になっている発達障害(自閉症、学習障害など)は必ずしも先天的な要因のみでなく、環境的な要因も大いに関係があるとされている。現代の社会環境に起因すると考えられる発達病理について考察すること。

科目概要(学習ガイドより)

 従来発達とは、乳児が成人に至るまでの心身の変化と捉えられてきた。しかし、今日では死ぬまでを発達の過程と捉える生涯発達の視点から、老年期の発達も注目されはじめている。また、老人だけでなく障害児(者)の発達も考えていく必要があり、発達心理学と福祉の関係を学習することの重要性が高まっている。そこで、本科目では人間の発達に合わせた福祉サービスに関する研究計画立案と実施、あるいは集団援助技術の実技修得等の演習を盛り込み、発達に関して幅広い知識を身につけることを目標とする。

設題2

「社会環境と発達病理について述べなさい。」

 何が発達病理になるのかということは、その社会の社会環境に影響を受けるものである。
 例えば、不登校が発達病理とされるのは、大方の児童が学校へ行っているからであり、もし児童の過半数が不登校になっている状態があるとしたら、そこでは学校へいくことが発達病理となり得るのである。つまり、社会環境が発達病理を規定するのだということをまず押さえておく必要がある。
 以下、発達障害の要因について述べた後、現代の社会環境に起因すると考えられる発達病理について考察する。

1.発達障害の先天的要因について
 現在、自閉症・学習障害などの発達障害が、何故発生するのかという原因については、全てが科学的に解明されている訳ではない。むしろ分からないことの方が多いといった方が正確である。かつては、自閉症の発生要因として母子関係による心因論が唱えられていたが、現在では否定されている。自閉症の原因は、何らかの脳機能障害から由来する状態であるというのが現在の考え方である。
 また、学習障害について考えられる原因としては、中枢神経系に何らかの機能障害があることが推定されているが、その原因は十分明らかとはなっていない。いずれにせよ、さまざまな要因の影響を考慮する必要がある。

2.発達障害の環境要因について
 発達障害の第一段階である生理学的障害の主な原因は、遺伝的要因、胎児期や生後間もない頃の中毒などによる中枢神経系の損傷などがある。これを発達障害の第一次性要因と捉えることができる。
 自閉症と学習障害がこれに該当するかについては、生後間もない乳児にDSM-Ⅳによる診断基準の全てを満たすことが難しいため断定することはできないが、ここで問題とすべきは、子供の出生後における生育環境である。これを発達障害の第二次性要因と捉えることができる。
 一般的に、第一次性要因によって障害を持って生まれた子供は、育児が難しい上に、自らの子が障害児であるという親の精神的負担が大きいとされる。親の中には育児不安を抱え、神経質となり、過保護・過干渉、あるいは放任といった育児行動につながることもある。こうした育児環境の中に置かれた場合、子供は心理的緊張や葛藤にさらされ、情緒的不安定をもたらし、さまざまな問題行動を起こす場合がある。したがって子供の出生後における生育環境、家庭環境、さらには、その後の学校での環境的要因は、自閉症や学習障害などの発達障害のある者にとって大いに関係があるといえる。

3.メディアの及ぼす影響について
 現在、大人から子供まで、幅広い年齢層に悪影響を及ぼしているものとして、テレビ番組がある。テレビは視聴率を上げるため、さまざまな編集が施されている。例えば、お笑いタレントが出ているバラエティ番組の中には、視聴者の関心をあおるような映像をわざとモザイクで隠し、その直後にコマーシャルを挟んだ後、一旦VTRを巻き戻してから、もったいつけた形で映像を流したりする。あるいは、健康に関する情報番組の中には、番組内容上、スポンサー企業にとって不利になるような情報にはあえて触れないで番組が進行されているものがあったりする。
 こうしたテレビからの意図的・一方的な情報は、子供から大人まで想像以上の人達に影響を及ぼしている。大人がタレントの話し方を真似して、言葉の語尾を上げ調子に話たり、テレビで「ココア」が体に良いという情報が流れた途端にマーケットでは、ココアが売り切れになったり、さらには総理大臣の支持率など、全て少なからずテレビの影響が及んでいる事象である。

4.メディアの影響による発達病理
 メディアの影響による問題は、明確な価値基準をまだ持ち得ない子供が、テレビの影響によって発達病理にさらされてしまうことである。発達病理には、例えば、イジメ・不登校などがある。筆者の見る限り、テレビにはイジメの原型があると考えている。一例を紹介する。
 フジテレビの「めちゃいけ」というバラエティ番組がある。その中でタレントが教師・生徒役に扮して、司会者である教師役が、英語や数学などに関する問題を出し、それを生徒役のタレントが問題に答えるというコーナーがある。問題に対する生徒役の答えは、皆の前に曝され、答えが間違っていた場合は、他の者が囃し立てて笑いをとるという趣旨の内容である。また同番組では、暴走族風の恰好をしたタレントが、バイクにまたがりながら、掛け声と共に続け様に物の「単位」を述べていくゲームのコーナーもある。ゲームの敗者には、罰ゲームと称して、殴る、蹴る、投げ飛ばすなどの仕打ちが待っている。他の者は、それを観て笑い転げるという内容である。この番組に共通しているのは、人を馬鹿にして喜ぶということであるが、明確な価値基準を持たない子供がこうしたテレビを観て、弱い者、ハンディを抱える者に対する思いやりを持とうとするか疑問である。
 それどころか、このような番組に少なからず影響を受けた人達に囲まれて暮らす発達障害のある者は、ときに被害を被ることさえある。特に、学習障害の者は、一見すると障害が見えにくいことから、子供からだけでなく、大人からでさえも誤解を招き、結果として学習障害者は、イジメの対象となったり、怠け者の烙印を押されたりする。そして不登校につながるなどの病理が連鎖的に発生する。
 また、テレビの延長線上にあるものとして、インターネットや家庭用テレビゲームなども、発達病理を招く一因となっている。例えば、インターネットのサイトにみられる、他人に対する誹謗中傷の文面、メールという間接的なコミュニケーション手段の主流化、テレビゲームのやりすぎによって疑似体験が増加し、実体験が減少する傾向などは、人とのコミュニケーション能力を低下させ、燃え尽き症候群、スチューデント・アパシーなどの発達病理が発生しても、それを乗り越えることを困難にする状況を生み出している。
 こうして、テレビを中心とするメディアの影響は、インターネット自殺や、オレオレ詐欺などの社会病理をも生み出し、他人の痛みを実感できない自分勝手なイジメの構造を生み出す温床ともなっている。

5.まとめ
 以上のように、発達障害のある者にとっての環境要因は劣悪であることが想像できる。本来、発達障害というものは、それ自体が問題なのではなく、それを受け入れる社会環境に問題がある。
 例えば、学習障害については、そもそも人間の脳は誰でも完全ではなく、人によって脳機能上得意な分野があれば、不得意な分野もあるのであって、学習障害といわれる人達は、たまたま、字を読む、書くなどの機能が不得意だというだけのことである。また、自閉症に関しては、療育上、親が社会から孤立することのない適切な社会資源が整備されていれば、育児や就労に関する家族の負担も軽減できる問題である。
 現代における、情報化社会、学歴偏重社会、競争主義といった社会環境は、メディアという諸刃の剣によって、日々新たな発達病理を生み出している。冒頭に、社会環境が発達病理を規定すると述べたが、もはや現代社会では、誰もが何らかの発達病理を抱えているといえる時代といえる。その意味で、発達障害のある者が発達病理にさらされることは避けられない側面がある。


【参考文献】

  1. 岡本夏木、清水御代明、村井潤一『発達心理学辞典』(ミネルヴァ書房、1995年)
  2. 中島恒雄『保育児童福祉要説』(中央法規出版、2004年)
  3. 平山諭・鈴木隆男『発達心理学の基礎Ⅰライフサイクル』(ミネルヴァ書房、2003年)
  4. 平山諭・鈴木隆男『発達心理学の基礎Ⅱ機能の発達』(ミネルヴァ書房、2003年)
  5. メル・レヴィン『親と子で考える学習障害』(研究社出版、1999年)



■■自分の意見は、はっきりと言い切ることを忘れない■■

当レポート内では、


テレビやネットやゲームが発達病理を招く一因となっている


という、やや一方的な論理を展開しているのは反省点です。


テレビ番組の内容を、冗長に説明している点も、大学のレポートに必要な範囲を考慮して、もう少し簡潔であった方がよかったでしょう。


その上で、


メディアは、使い方によっては、有益なツールであることを、反対意見として記述すれば、よりバランスのとれた文章になったといえます。

でも、そうはいっても、
レポートの書き方について、広く海外の実情を鑑みたとき、
自分の意見をはっきりと述べる
という姿勢は忘れないでいたいものです。

欧米において、英語で書かれた論文は、自分の意見を明瞭に言い切ることが必須とされています。

とかく、日本人は、奥ゆかしい性格からか、
「物事を明瞭に表現することを避ける」
といわれています。

思い当たる節がありますよね。

私も耳が痛いです。

~~であろう
とか、

~~と思われる
や、

~~とも言える
とか、

こうした表現は、つい使ってしまいがちで、本当に気を付けなければいけません。

ですが、複雑な事柄や、注釈や保留事項を要する事柄について書いているのに、
あまりにも断定的すぎる言い切りをして、それでおしまいというのは、一方的な書き方になってしまいます。

その場合は、きちんと不明確な部分や推測の部分、保留条件などの説明を明確に記述しておくことが必要ということになります。

レポートの書き方について、このように述べると、
「なるほど確かに」と納得はしてもらえるのですが、
実際は、限られた時間と紙面、参考資料で、どこまで自分の意見を言いきれるか?
そして、どこまで保留条件を明確に説明し、言い切れるか?
これはやってみると、その難しさがわかります。

そこで、くじけてしまい、つい明言を避ける心理が働きますが、そこはなんとか乗り越えなくてはいけない壁ですね


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