社会福祉士レポート作成例(人間行動と社会環境-設題1)

社会福祉士のレポート作成にお悩みの方へ

実際のレポート作成例をここに提示します。
 この科目は、社会福祉実践において有益である、社会学・心理学・精神医学・教育学などの知識を統合・応用するための科目です。設題内容や教科書の記述配分をみると心理学寄りの科目ですが、学習目標はあくまで人間行動と社会環境の理解にあります。
当科目の指定教科書は、東京福祉大学のために書き下ろされたものであり、教科書を深く読み込ませるタイプのレポート課題となっています。社会福祉士を目指す学生ならば、人間理解のための方法論としての記述に面白さを感じずにはいられないでしょう。

ポイント(学習ガイドより)

 ソーシャルワークの発達に重要な役割を果たしてきた、エリクソン理論の八つの発達段階の一つひとつを理解し、発達段階において、自分やよく知っている人が経験した心理社会的危機において、その危機をどう克服したかについて考えること。

科目概要(学習ガイドより)

 エコロジカル・システムの観点より、人間と環境の関連性と統合性に焦点をあてる。特に、個人、家族、グループの発達過程に、生物的、社会的、心理的、文化的な要素がどのように作用しているかを学ぶ。これらの社会科学の知識がどのように社会福祉実践に応用されるかを、事例を、用いて具体的に学習を進める。

設題1

「第4章のエリクソンの心理社会理論の主要概念を明らかにしたうえで、人間の八つの発達段階の中から一つを選択し、心理社会的危機について、自分か、またはよく知っている人の事例にあてはめて述べなさい。」

1.エリクソンの心理社会理論の主要概念
 エリクソンの8つの発達段階理論は、フロイトの精神分析理論を基礎に置き、そこに種々の新しい面を加えた、エゴ(自我)を中心にパーソナリティ発達を体系化した理論である。まず、エリクソンの理論と、フロイトの理論の違いを説明する。
 フロイトは、生後5年間に人間は様々な葛藤に直面し、それを解決する過程を経験するとした。ごの人生の初期的な葛藤の解決法は、後の人生に繰り返し作用し続けるとし、フロイトはこれを反復強迫と名づけ、生後5年以降の発達に関しては、あまり重要視しなかった。そして、エゴよりもイド(原我)を中心にした本能論的な理論展開をし、イドの持つ心的エネルギー(リビドー)の満足を軸とした心理・性的発達理論を主張している。
 一方、エリクソンは、エゴの自律性を強調し、エゴの統合機能を中心にした発達を論じている。エゴと、他者や社会との関係を軸とする心理・社会的発達を重視して、フロイトの理論との統合、発展を行っている。また、エリクソンは、人間の一生を「ライフサイクル」と名づけ、発達を、誕生から死に至るまで一生涯の視点でらえているのが特徴である。そしてエゴの確立が、成功するか、失敗するかにより、壮年期では「生産性か停滞性」、老年期では「統合感か絶望」という相対立する特徴のどちらかを持つようになるとし、さらに、フロイトの理論における後期の段階を詳しく理論化し、8つの段階によって人間の全体的な発達の分析を行った。
 以上が、エリクソンの主要概念である。次は、エリクソンの発達段階の中から「潜在期」を選択し、知人A氏の経験を当てはめ、心理社会的危機について、またそれをどう克服したからついて述べることにする。

2.エリクソンの発達段階(潜在期)
 エリクソンによると、6歳から12歳までの心理・社会的危機は「勤勉性対劣等感」であるとしている。この時期は、性的成熟はゆるやかであるものの、認知的能力の発達は顕著であり、言語能力は人とのコミュニケーションのための話し言葉から、内的な思考のための読み書き能力の発達へと移行していく。また、この年代の子供は非常に大きな好奇心と「知りたい」「学びたい」という願望が大きいことから、学校教育の中で、自分を社会に適応させ、変革していく力を身に付けていく。この課題をうまく習得できれば、勉強の感覚という有能感や達成感を持つことができるが、失敗すれば劣等感を持つことになる。もちろん完璧でなければ即、劣等感につながるということはないが、将来大人になってから、社会や家庭において有用とされる様々な技能を獲得していくためには、勤勉と劣等のバランスが鍵となる。では、次にA氏の潜在期の体験を例示する。

3.心理社会的危機(知人Aの事例)
 A氏はエリクソンの発達段階でいうところの潜在期の頃(6歳から12歳)は、養育者から教育についての必要性というものを十分に伝えられずに育った。養育者は、仕事のため家を空けることが多かった。当時は、A自身もそれが当然のこととして、何の疑問も持つこともなく過ごしていた。エリクソンによると潜在期には困難が多く、勤勉であることが期待されるとしているが、Aの場合、これが当てはまらない状態であった。なぜこのようなことが起きるのかというと、1つは養育者が子供の教育に対して消極的であったことが考えられる。学校においては、試験や成績によって、競争的な環境に置かれていたものの、勉強において他者よりも劣っていることが劣等感を引き出すという感覚はなかった。なぜなら、教育の必要性が理解できない子供が、たとえ成績が悪かったとしても不都合は感じないし、成績が悪くても、それを責められることもなかったからである。したがって、潜在期以降の発達段階において、Aは特別に障害を意識したことはなかった。しかし、それも20歳くらいまでのことであり、社会に出て働きだし、様々な人との出会いを通じて、人間にとっていかに教育が大切であるかが理解できるようになってくると、自分が潜在期において、心理社会的危機を解決できていなかったことに気付くのである。つまり、20歳を過ぎて、潜在期を迎えたというわけである。
 ここで強調しておくべきことは、養育者が子供に教育の重要性を伝えずにいることが結果的に、潜在期における勤勉対劣等感のマイナス面を引き出している点と、生育環境が決定要因となり、潜在期の心理社会的危機が達成できなかったとしている点である。

4.心理社会的危機の克服
 ただし、このエピソードは事実であるとしても、見方が一方的すぎるきらいがある。そこで反対理論を交えながら、潜在期において心理社会的危機に失敗した者がどうやって、それを克服したかを述べることにする。
 スティーブン・R・コヴィーは「人間は刺激と反応の間に選択の自由を持っている」(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』キングベアー出版 1997年 84頁)と述べている。つまり、選択の自由の中にこそ、人間が人間たる所以があるのだとしている。そして、人間と動物を区別し、動物には最も賢いものでさえ、この性質を持っていないとしている。さらに、動物は本能や訓練によってプログラムされて行動しているに過ぎず、そのプログラムを意識することすらできないとし、一方、人間には、生育環境や社会通念によって、ある種のプログラムは存在していても、それを書き換える能力が備わっているとしている。
 ということは、プログラムを書き換えてしまえば、潜在期において、心理社会的危機を解決できなかったとしても、取り返しがつくということになるが、「危機」とは本来、不必要なものと考えるべきではない。
 エリクソンも、著者の中で「危機」というものを否定的受け止めてはいけないと繰り返し警告している。つまり発達における好ましい状態とは「生産性か停滞性か」のように二者択一の形ではなく、ネガティブな部分も必然的に伴いながらポジティブなものが、そのバランスにおいて勝っている状態と考えるべきである。要するに劣等感よりも少し勤勉性が勝る形で課題が解決されていくのが良いのである。生産と停滞の割合は、生産51%対停滞49%が最良である。なぜなら、人間が成長する段階においては、ある程度の危機が必要であるし、乗り越える過程にこそ、成長が存在するからであり、まったく危機が存在しない状態は好ましくないということである。
 したがって、⑴我々は、発達段階において心理社会的危機を解決できなかったとしても可逆性をもってプログラムを書き換えることができる。⑵49%の危機(困難)は発達のためには必要である。という2つの答を導くことができる。以上のような結論をもって、潜在期における危機を克服したと考える。

【参考文献】

  • R.I.エヴァンズ著 岡堂哲雄・中園正身訳『エリクソンは語る』新曜社 1996年
  • 福祉士養成講座編集委員会『心理学』中央法規出版 2001年



■■事例を書くときのアイデアと捉え方のコツはこれ■■

本科目は、東京福祉大学のオリジナル科目で、個人的には好きな科目の一つです。

科目の内容としては、社会福祉を学ぶソーシャルワーカーが他の隣接社会科学である、心理学や社会学、精神医学などを統合することで実践に役立て、さらにはソーシャルワークをより豊かにすることを主眼とするものです。

非常に実益のある科目でした。

日本の大学は、とかく社会福祉の資格がとれることを重視し、その教育内容についてこだわることが少ないのが特徴です。

難しいことを学生にさせるよりも、社会福祉士の資格に準拠した科目を作り、「簡単に資格をとれますよ」と宣伝した方が学生が集まるからです。

そんな中、大学の独自色を出した当科目は、ひときわ輝きを放っていました。

この科目が優れている理由は以下によります。

  • 社会福祉士の指定科目とは無関係であることから独自性があること
  • アメリカの社会福祉専門職大学の必修科目が源になっていること
  • 担当教授は、アメリカで40年以上にわたってソーシャルワーク実践経験があること
  • 当該科目のために当時の学部長であり、かつ教授が自らテキストを書きおろしていること
  • 指定教科書を熟読させて書かせるタイプのレポートで、その教科書が優れている場合には高い学習効果が望めるタイプの学習課題であること

ちなみに、当科目の指定教科書は「人間行動と社会環境」という書籍です。

上記の理由から、レポート設題についても他の科目とは一味違う趣となっています。

自分、または知人が経験した心理社会的危機において、その危機をどう克服したか

について考えさせるという難易度の高いものとなっています。

この手の設題は、ともすると個人情報をさらしてしまう傾向があり、学生の中には書き悩んでしまう人もいるでしょう。

その場合は、あからさまに事実を明らかにする必要はないと割り切ることがコツです。

情報にフィルターをかけてもいいですし、仮名を使うことでも結構てす。

ここでは、あくまで自分、もしくは知人が心理社会的危機をどのように克服したかが問われている訳ですから、多少の情報統制があっても仕方ありません。

それくらいは、大学の先生も大目にみてくれます。

ただし、まったくの作り話では、考察できませんし、説得力のある文は書けないのが常です。

間接的であったり、詳細には分からない事例であっても、よく考えて、過去の経験や知り合いの情報から、事例に使えるものはないかを検討する工程は必要です。

もし介護現場で働いた経験のある人なら、担当利用者の生い立ちについての情報を耳にしたことがあるかもしれません。

そうしたある意味で不明確な情報ですら利用することは可能です(もちろん実名は出しません)

心理社会的危機について考察できる事例であるかが大事なポイントですので、細かいことにとらわれてはなりません。

考察するときに大切なのは、心理社会的危機をどう克服したかですよね。

これがレポートの解答部分になります。

私が示したレポートでは、七つの習慣で著名なコヴィー博士の「刺激と反応のスペース」という理論を持ち出しています。

個人的に好きな書籍で、よく読んでいたものですから、当科目の設題をみたときに引用できるかなと思いつきました。

「刺激と反応のスペース」の理論が果たして解決策として正しいか否かは問題ではありません。

考察した結果、そのような答になったというところが大事です。

大学の先生は、細かいこと多々言いはしますが、学生の独創的な発想を高く評価してくれるものです。

実際、上記のレポート作成例は、正式な心理学の論文から比べると不備を多く具えているでしょう。

添削コメントでも指摘されています。

人間行動と社会環境の評価票

それでも評価はAをいただきました。

学生は単に教科書を丸写しにするのではなく、自分で考えて、自分の経験から出たアイデアだったり、意見を書くことが大切になります。そもそも学生に考察させることがこの課題の目的ですから当然といえば当然かもしれません。

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